テニスクラブのContrast 〜まず第一の対比。〜

例え、担当コーチに問題がありそうでも、
今んとこ彼女達に残されてる唯一の道は最初のレッスンを
大人しく受ける、ということである。

まさか、来ていきなし『担当コーチを変えてくれ』などと
事務所に訴えようものなら間違いなくスタッフはパニくってしまう。

いくら何でもしょっぱなから厄介ごとを持ち込んで
クラブの有名人になる、というのはさんの趣味でもなければ
さんの趣味でもなかった。



さんの場合』

この場合、さんはひじょ〜に運が悪かったとしか言いようがなかった。

というのも、彼女のメインコーチは跡部景吾氏であったからである。

彼の外見だけ見た人は『何で?』と首を傾げるだろうが、
いかんせんそれは彼の内面をご存じない人の意見である。
そして、これまた運が悪いことに、さんは
跡部コーチの内面をしょっぱなからご存知の人であった。

「あんだ、てめぇ初心者か。」
「はい。」
「しょうがねぇな、この俺様が始めっからみっちり指導してやるから
ちゃんとついてこいよ。」
「はい。」

間違ってもここで『その俺様ってゆーのやめてください』などとは言えない、絶対に。
とゆ〜訳でさんは大人しく、跡部コーチの有難き指導を受けることにする。

「おらっ。」

跡部コーチはさんに向かってラケットを放り投げた。
当然、さんはそれを受け止めようと動く。しかし…

ガインッ

さんは眉間をラケットのグリップで嫌というほどノックされてしまった。

後ろで見ていたサブコーチの忍足氏が『あちゃー』と
頭を抱えているのを視認した気がするが、
それは気のせいだと、とりあえず自己完結しておくことにする。

「あんだ、てめぇ。」

肝心の跡部氏はハァッ?!と言いたげにさんを見下ろした。

「ドンくせぇな。」

グサッ

コーチの台詞はさんの神経にクリティカルヒットを食らわせた。

「そんな程度の運動神経じゃ、この先思いやられるな、」

ザクッ

またもクリティカル発生。
これでさんがロールプレイングゲームのボスなら跡部コーチは英雄だ。

「よりによってこんなのが俺様の担当とはな。何かの冗談じゃねーのか。」

ドスドスドスッ

とどめだ。
さんは戦闘に負けてゲームオーヴァー、跡部コーチは勝って経験値とお金をゲット。

…なんぞと言っている場合ではない。

ズキズキする眉間をさすりながら、さんは落ち込んだ。
尋常ではないくらい落ち込んだ。

ここでそれを見ていたサブコーチ陣が助け舟を出してくれなかったら
さんはしょっぱなから大日本帝国時代の軍艦の如く轟沈しているところである。

「まあまあ、跡部、ええやないか。」

口を挟んだのは忍足氏だった。

「まだこれからやねんから、そう言うたんなや。」

そーやそーや、とさんも心の中で同調する。
しかし、跡部景吾氏だって只もんではない。

「ハンッ、どーだかな。」

鼻で笑って跡部コーチは言った。

「まあ、せーぜー頑張るこったな。」

ブチッ

さんの頭の中で何かがキレた。

(こ、このヤローッ!!人が大人しく聞いとったら言いたい放題!!
そーゆーアンタは何様やーーーーーーーーーーっ!!!)

「嬢ちゃん、嬢ちゃん。」

そんなさんの頭の中を察したかのように忍足サブコーチが耳元で囁いた。

「こーなった以上諦め。ええか、間違っても暴れたらアカンで。」

さんはガックリと肩を落とした。


さんの場合』

さんの場合も、事態はあまりよろしくなかった、と言えよう。
少なくとも彼女にとっては。

「それじゃあ、ちゃん。さっそく始めよっか☆」

ノリノリのメインコーチ、千石清純氏を横目で見ながらさんは
いきなりウンザリ気味だった。

まあ、人見知りの激しい人がいきなり年上の男性なぞに
しょっぱなから手を握られたりした日にゃ
警戒心が強くなるのも無理からぬことである。
しかも、元々さんはその友とは違い、ローテンションなお方だ。

「んじゃちょっと聞くけど、ちゃんはテニスは初めてかな?」

そんなことなど知らない千石氏は完全に自分のペースを貫いていた。

「はい。」

対するさんの反応は非常に冷淡ともいえよう。

「そっかー、じゃあまずはラケットのグリップの握り方からだねー。」

千石コーチは何だか知らないが、一人ウキウキしており、
さんはますます自分が冷めていくのを感じる。

「まずはラケットをこうやって…」
(なっ…!!)

何と、千石コーチは図々しくもまた彼女の手を握って指導しようとしていた。

そして、次の瞬間。

ビュンッ ガシャンッ!!

「あ…」

千石コーチの声が虚しく響く。

さんは超高速でコーチから後ずさり、フェンスにへばりつくという
フォローのしようのない行動に出ていた。

勿論、その意味するところは、

『側によるんじゃないっっっ!!!』

…である。

「そんなぁ〜」

いきなりのあんまりな拒絶反応に千石氏はショックの声を上げた。

「ひどいよ、ちゃん、そんなに嫌わなくても…」

相手が人見知りの激しいタチであることを考えると、無理もないと思われるが。

「そりゃ無理もないですよ…」

ポツリ、と呟いたのはサブコーチの鳳氏だった。

「千石さんは状況を選ばなさすぎるんですって。」
「え〜、そぉかな〜?」
「全く、中学の時から全っ然変わっちゃいねーんだから…」

口を挟んだのは、神尾氏だった。

当然、さんは耳を疑った。

中学の時から?
ってことはこのメインコーチ、子供の頃からこんな性格だったわけ?

どーなの、それって?

さんの顔がたちまちのうちに引きつる。

どうも自分は間違ったコーチのところへ寄こされたらしい。
そうとしか思えない。

でなくてはこの状況をどう説明出来るのか。

「じゃ、ちゃん☆」

件のコーチは既に立ち直っていた。

「レッスン続けようか♪」

絶対嫌だ、とさんが内心で思ったのは言うまでもない。


生徒を平気でけなす俺様コーチと女の子好きで馴れ馴れしいコーチ。
いきなしこうも対照的だと清々しいものがある。

だがしかし、ここで2人のお嬢さんがくじけてはこの話の立場が無くなってしまう為、
とりあえずはまだ続く。


さんの場合』

さて、いきなしメインコーチにボロクソに言われたさんであるが
そこで参ってはいなかった。

「おい、。」
「はい。」
「ちょっとサーブ打ってみろ。」
「はい?」

さんは思わず間抜けな声を出してしまった。

そらそーだ。
何せ、さっき(散々けなされながら)グリップの握り方を覚えたトコなのだから。

そこでいきなしサーブしてみろ、なんぞと言われたらうろたえるしかあるまい。

「あんだ、その間抜けな返事は?」
「いえ別に…モゴモゴ。」

てっきり聞き間違いかと思いマシタ、などと言ったら
厄介なことになりかねないと判断してさんはテキトーに言葉を濁す。
跡部コーチはどうも納得いかねぇな、と言わんばかりの目で
さんをジロジロ見たが、まあいい、と呟く。

「今から俺様が手本を見せてやるからちゃんとその目開けて見てろよ。
いいか、寝てんじゃねーぞ!」

さんは『誰がそんなことするかいっ!!』の「だ」の字を言いかけた。が、
忍足サブコーチが『黙っとき!』と身振りで言っているのに気がついて何とか堪えた。

…人生とは時に辛いもんである。

当のメインコーチ殿はそんなことも知らずに一人、コートに入っていた。
そして、さんはまたも自分の耳を疑わなければならない羽目に陥った。

「じゃあ、行くぞ。俺様の美技に酔いな。
「ブッ!」

さんは吹き出しそうになったところで慌てて口を押さえた。

(今、この人、何て言うた?!)

勿論、今少女の頭に表示されている文字列には
「これも聞き間違いやんな?」というニュアンスが
含まれているのは言うまでもない。

しかも見れば、サブコーチ2人も密かに頭を痛めているようだ。

忍足氏は『アカンやろ、その台詞は』と言いたげに
額に手をやってため息をついているし、
乾氏の方は何やら手に持っているノートに顔をうずめて、
現実逃避をしている。

(同じ職場の人にまでこないな反応されてるよーやと、
あのメインコーチの人格は知れるな。)

とは言うものの、さすがはコーチである。

(すげー、フォームが見事やな〜)

サーブの見本を披露している跡部氏を見ながらさんは一瞬だけ感心した。
が、すぐに難儀な現実に気がついた。

即ち、
『自分は頭でわかってても体が動くかどーかは別問題の人だ。』
ということである。

「ちゃんと見てたか、?」

いつの間にやら跡部コーチがさんの前にデンと偉そうに立っていた。

「は、はい…」
「じゃあ、やってみろ。」
「はい?!」
「いちいち変な声上げてんじゃねーよ、さっさとやれ。」
「あ、あの、」

さんは、ちょっと待ってください、と言い掛けたが
勿論跡部氏は聞く耳持たない。
嫌な予感が、と思ったがいたしかたなくさんはコートに入り、
何とか見よう見まねでやろうとした。

が。

ヒュン ベシッ コロコロコロ…

さんの打った球は、ネットに当たることすらかなわず、虚しく地を転がった。

当然、その場にいた全員が思わず無言モード。

「てめぇ…」

跡部氏がヒクヒクと引きつった顔で言った。

「ほんっとにどうしようもねぇのな。」

さんは恥ずかしいのとムカつくのとで半泣きモードだ。

「やはりいきなりは無理があったんじゃないか、跡部?」

乾氏が何やらノートに書き込みながら言う。

「ああ?こーゆーのはやってみた方がはえぇだろーが。
こいつはグタグタ言ったって頭がパニくって ロクなことにならねータイプだ。」

ギクッ。

さんは密かに肩をすくめる。

(きっちり性格、バレとうがな…)

「何や、そんなトコだけはきっちり見てるなぁ。」

忍足氏も呆れたように呟くが跡部氏は完全無視だ。

「知るかよ。おい、。ベソ掻いてる暇ぁねーぞ、
ムカつくんなら俺を満足させてみろ。ま、出来ればの話だがな。」
「―――――――――――――!!!!!!」

こ、こいつーっ!!!

完全に馬鹿にした笑いを浮かべるメインコーチに、
さんはぜってーその顔にボールを当ててやる、と誓った。


さんの場合』

拒絶反応を一応示したものの、さんの状況もあまり好転していなかった。

何となくわかってきたのだが、千石清純という御仁は
どうもちょっとやそっとでは凹まない、もしくは
凹んでも次の瞬間にはそれを忘れてしまうという
都合の良い体質をしているらしい。

とゆーことはいくらさんが冷淡な態度を取っても
こちらさんの馴れ馴れしさはどうしようもない、と
こうなってしまうのである。

正直、これはさんにとってはよろしくない。

「じゃあ、ちゃん☆」

反対に千石氏は完全ウキウキモードだ。

「次はサーブ行ってみよっか。」
「はい。」

さんの目は、最早ギャグ漫画にでも出てきそうな白目である。

「ダメだなー、ちゃん。せっかく可愛いんだからそんな顔しちゃダメだよー。
やっぱ楽しんでやらないとね。」

…アンタのせいだよ。

さんは内心で突っ込みを入れる。

「じゃ、まず俺がやってみるから、ちゃーんと見ててね♪」

思わずさんがため息をつきたくなったのは、気のせいではあるまい。
何故なら、後ろの方でサブコーチの鳳氏と神尾氏が
二人して肩をガックリと落としているからだ。

「それじゃっ、行くよーっ!」

そして、千石氏が動いた。

(えっ…?!)

さんは一瞬、驚愕する。

それもそのはずである。

千石コーチは高く放り投げたボールを、見事にジャンプして捕らえ、
ネットの向こう側にぶち込んでいたのだから。

ダンッ

コートにも何だか、見事な音が響いたり。

「っと。うーん、決まったね♪」

(凄い…)

さんはこの一瞬だけ、千石コーチに対する諸々の不満を忘れた。

しかし。

「千石さん…」

引きつった声で鳳氏が呟いた。

「初心者に虎砲の見本見せてどーするんですか。」

え゛?

さんの顔もたちまちのうちに引きつった。
何だか嫌な予感がする。

そして、それに呼応するかのように神尾氏がこう言った。

「ありゃ千石さんくらい腕のある人向けの、上級技なんだよ。
ったく、いい格好しようとするから…」
「いやー、アッハッハ。御免御免、ついはりきっちゃってさー☆」

笑って頭をかいている当の千石氏はあんまり応えている様子がない。

で、さんの頭はそんなメインコーチに対して以下の表現を適用していた。
即ち、

阿呆か、こいつは。

『馬鹿』じゃなくて『阿呆』になっているのは、関西弁バリバリの
彼女の親友の影響と思われるがそれはともかく。

一瞬だけ、凄いと思ったのも束の間、さんの千石氏に対する目は
ますます冷めたものになってしまった。

「御免ね、ちゃん。もっかいやり直すからさっ。」

千石氏が言ったところで可哀想だが最早手遅れである。
そして、千石清純氏はもっぺんさんの手を握ろうという、愚行をしでかした。

ヒュッ シュンッ ガシャンッ!!

「えー、そんなに怒らなくても〜。」
「だから、無理もありませんって。」
「おいおい、どーすんだよ、この状況。生徒ビビらせちまって…」

どーするも何もそのメインコーチの馴れ馴れしさを何とかしてよ。

フェンスにへばりついたまま、さんは切にそう願った。



で、さんとさんの二人はそれぞれにとって散々な目に遭いながら
取りあえず初めてのレッスンを耐え忍び、やっとこさ休憩時間になった。

「もー最悪やでー。」

近くの自販機で買った麦茶を飲みながらさんはさんに言ってため息をついた。

二人のお嬢さんは、クラブの敷地に置いてあるベンチで落ち合っていたんである。

「うちんとこのメインコーチ、よりにもよって態度でかくて
ナルシストな俺様野郎やってんで!!
しかも人が要領悪いからってトロいだのドジだのどんくさいだの
黙って聞いてりゃ言いたい放題!!
ぬぉーっ、ムカつくーーーーーーーーーーーーー!!!!!
で、の方はどーよ?」
「こっちも嫌。」

さんに聞かれてさんはウンザリ、という顔をした。

「メインコーチがむっちゃくちゃ馴れ馴れしい。いきなり手ぇ握ってきたし。」
「うげっ、そりゃかなんなぁ〜。でもまだうちんとこよりマシちゃう?」
「まー、親切そうではあるけど。」
「ほなえーやんかー。こっちはもう地獄やで。サブコーチはまだマシなものの…」
「こっちもサブコーチは大体まともそうだった。」

………………………………………。

2人はここで思わず沈黙した。

「他のトコのコーチはどんなんか知らんけどさ、」

さんが呟いた。

「ここのクラブはどんな採用基準を持ってるんやろ?」
「さあ。」

さんは肩をすくめるのみ。

「実力主義?」
「中身は二の次ってことかいな…」

さんの右目の下に幾筋か青い縦線が入る。
さんはポソリ、と呟いた。

「そーとしか思えないんだけど。うちのメインコーチ、
初心者相手に上級技を教えようとしたくらいだし。」

………………………………………………………。

2人の間を再び沈黙が支配する。

「私ら、これからどないなるんやろ…?」
「さあ。」

さんの問いに、さんはしれっとした顔で答えて
飲み終わった炭酸飲料の缶をゴミ箱に放り込んだ。


結局この日は一日中、さんはけなされまくりながら、
さんは馴れ馴れしく近寄られながらレッスンを受ける羽目になった。

「何でこないなるねーんっ!?」

帰り道、夕暮れの中、さんの絶叫が響いた。

To be continued.

作者の後書き(戯言とも言う)

やれやれ、やっと第2話が出来た。

いくら友人と妄想を膨らませまくったおかげで
ネタはあるって言っても文がうまく出てくるかどうかは
別問題でありますな。

そんなことはともかく、これで何とか軌道に乗り始めたかと。

何だか千石君が可哀想な状態ですが、いつか状況が好転するまで
当分彼には受難者になってもらいます(笑)

次回はコーチ陣からのお話になります。
是非是非お付き合いくださいませ☆


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